2009年09月15日
フィリピンへ織物指導の旅日記 パート3
フィリピンという未知の国へ行くという事で、戸惑いがあった。
そして、太平洋戦争では、激戦の土地であり、未だ、遺骨が残っており、
反日感情が、どのようになっているのかそれも未知数であった。
しかし、連れて頂いた教授の行動範囲の中では、安心という文字しか
浮かばなかった。教授は、安全な場所を選んでくれていたようだった。
そして、多分、現地の方も一緒という事もあったと思う。
ツアー旅行ではなく、プライベイトの旅行ではそうは行かないと思う。
マニラは大都会であって、いくつかの島々からなっているフィリピンでは、
旅立つ時は、事前に調べておくべきであろう。
マニラにおいては、ガードマン風の人は、必ず、ピストルを所持し、
宝石店・マーケット(百貨店)・美術館等には、ショットガンか自動小銃を
所持し、監視にあたっている。日本では考えられない光景でした。
でも、日本と一緒で、ガードマンか警察官かパッと見た感じは分からない。
勿論、軍隊の兵士もガードしているが、これは一目瞭然でした。
本日、これまで。
スーパーマーケット前にて(マニラ)
そして、太平洋戦争では、激戦の土地であり、未だ、遺骨が残っており、
反日感情が、どのようになっているのかそれも未知数であった。
しかし、連れて頂いた教授の行動範囲の中では、安心という文字しか
浮かばなかった。教授は、安全な場所を選んでくれていたようだった。
そして、多分、現地の方も一緒という事もあったと思う。
ツアー旅行ではなく、プライベイトの旅行ではそうは行かないと思う。
マニラは大都会であって、いくつかの島々からなっているフィリピンでは、
旅立つ時は、事前に調べておくべきであろう。
マニラにおいては、ガードマン風の人は、必ず、ピストルを所持し、
宝石店・マーケット(百貨店)・美術館等には、ショットガンか自動小銃を
所持し、監視にあたっている。日本では考えられない光景でした。
でも、日本と一緒で、ガードマンか警察官かパッと見た感じは分からない。
勿論、軍隊の兵士もガードしているが、これは一目瞭然でした。
本日、これまで。
スーパーマーケット前にて(マニラ)
Posted by お 富 at 11:05│Comments(0)
│フィリピン織物指導