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プロフィール
お 富 
ニックネームはお富さんです。戦後生まれの団塊の世代で、職人の町、西陣で生まれ、学校卒業後、三代目として家業を継ぐ。ものづくりの得意な職人が、集大成として、西陣織を使った和工芸品の創作販売サイトを作ったり、町づくりをしています。

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Posted by 京つう運営事務局 at

2009年09月22日

フィリピンの織物指導の旅日記 第2日目

にわとりの鳴き声と日本でも懐かしい「とうふや」のラッパの音(ト~フ)で、目覚ましを
かけずに、早く目が覚めた。とうふやは、自転車にハッポースチロールを積んで、
販売しているようだ。その話をしていたら、夜に、豆腐が出て来て、教授が持ってきた
醤油を掛けて食べたら、全く日本の絹ごしとうふでした。形は四角形ではないですが、
三笠焼のような形でした。現地では、それを加工するみたいです。
 
 泊めて頂いたお宅の話をしておきましょう。
ピーニャ織りの発祥地であるパナイ島に行くには、カリボ空港を利用しなくてはなりません。
観光地でホテルのあるイロイロ市という都会へいくには、車で何時間走らせなければなりません。
カリボ空港のあるカクランという町は、田舎町で、年に一度、一月にお祭りがあり、その時には、
海外からも大勢の方が来られるそうで、にわか民宿で、賑わうそうです。
 それ以外は、ちゃんとしたホテルがなく、泊めて頂いたお宅は仕事関係の方を泊めるように、
用意された民宿的なお宅です。
 このお宅は、おばあさんがピーニャの第一人者であり、人間国宝的な存在で、仕事と大きくされ、
長女が、おばあさんの後を継ぎ、二女がマニラでピーニャ・ニト等の営業を担当し、三女は、フィリピンで
有名な竹細工の「ニト」の製造販売で、成功し、アメリカに輸出を展開している。その工場が、
お宅の敷地内にある。
 
 さて、目的のピーニャの糸作りや出機的な織り工場そして、織屋を見て回りました。
ピーニャについては、下記のサイトで。
 http://web.kyoto-inet.or.jp/people/esv389gt/soko.html

帰宅したのは、夜遅くなりました。

本日、これまで。

 とうふやさん(ベランダから)


 玄関先の庭


 ニトの材料


 ニト製品の点検・出荷の工場
  

Posted by お 富  at 11:51Comments(0)フィリピン織物指導

2009年09月20日

フィリピンへ織物指導の旅日記 第一日目続

関空では、インフルフェンザの関係で、厳しいチェックがあると思いましたが、それもなく、
逆に、フィリピン側が日本からの持ち込みを懸念して、入国の書類とは別の健康チェックの
書類を書かされました。(全て、英語バージョン)3時間のフライト後、マニラ空港に到着して、
出発の日本も暑かったけれど、マニラでは、ちょうど、京都での祇園祭り時分の暑さで、
湿度も80%程度あり、むっとしていました。
 入国手続きを済ませ、一週間前から、マニラに行っている教授と会う為に、
国際線ターミナルを出て、向う時に、やたら、空港警備員なのか警察官なのか
はたまた、空港職員なのかわからない人達が多く、出口付近で、職員かな?
と言う人に止められて、「気持ち」という日本語で話しかけられ、ポケットから
日本の千円札を見せられて、初めての場面だったので、日本の千円札を
すっと出してしまいました。急場凌ぎで出したものが、後で航海先に立たず(船でなく飛行機やちゅうの)

 教授と中々会えず、そして、飛行機とターミナルでは、全て禁煙でしたので、警備員か職員か
分からなかったけど、アッシュトレーのある場所を、聞くと案内してくれたのは良いが、しばらく、
じっと、横にいて、チップを貰おうと粘っていて、私は別の方向を見て、見てないように無視をしましたら
いなくなっていた。   皆さんも、空港内では、気を付けてね!!!!! 

 マニラで、契約なしの通話料だけの日本でいうカード携帯を借りた携帯で教授と逢って、
目的のピーニャ織りの現場のあるボナイ島のカリボ空港まで国内線で移動しました。
又、飛行時間は1時間でした。
 ワンポイント--航空機の選択は、国際線だけ(マニラ到着)の場合は、どの航空会社でも
良いが、国際線と国内線を乗り継ぐ場合は、同じ航空会社を選ばれた方が良い。(全てとは限りませんが)
というのも、同じマニラ空港でも、発着が、別の場所で、かなり離れる場合がある。
私は、フィリピン航空を選びました。
 そして、携帯は、日本の携帯会社は世界どこでも、使えますが、料金がかなり高くなりますので、
現地で、カード携帯を用意された方が、日本の家族との連絡も、安く付きます。

 カリボ空港に着いて、目的のピーニャの人間国宝的なおばあさん宅に泊めて頂く為に、
娘さん夫婦が、出迎えて頂いて、自家用車で街中を通って、大きなお宅へ到着しました。
 そして、挨拶もそこそこに、泊まる部屋に案内されて、一寸一休みして、皆さんと夕食をしました。
明くる日は早朝の出発の為、早くも就寝の準備。 グットナイト!!!

    カリボ空港


    道中の町中風景
 

    泊めて頂いた寝室(独り寝で~す。)

  

Posted by お 富  at 22:29Comments(0)フィリピン織物指導

2009年09月20日

フィリピンへ織物指導の旅日記 第一日目

ピーニャの織物指導の事は、別サイトにて、お伝えする事に致しました。ブログでは、
これから、皆様が、フィリピンへ旅をされる時に、少しでも、お役に立てればと、
私が感じた事、注意する事等を日記風に載せる事となりました。

 さて、第一日目の朝から、始めましょう。先ず、関空のフィリピン航空の集合・出発が
早く、乗合タクシーも考えましたが、何人かの家を回って、そして、高速を乗って行くという事で、
何かのトラブルがあれば、集合場所に時間通りに行かずという事で、JRはるかで、
行く事にした。初めてで、乗れなかったらと前売りの座席指定券を購入、これは、
後で気が付いたのですが、指定券なしの自由席でも十分でした。

 定刻通りに到着して、持っていたのは、eチケットでしたので、カウンターでボーディリング パス
と交換して、出国手続きをして、出発までのんびりと!!!

本日はこれまで。

ピーニャの織物指導のサイトは下記へ
http://web.kyoto-inet.or.jp/people/esv389gt/soko.html




  

Posted by お 富  at 01:37Comments(0)フィリピン織物指導

2009年09月15日

フィリピンへ織物指導の旅日記 パート3

フィリピンという未知の国へ行くという事で、戸惑いがあった。
そして、太平洋戦争では、激戦の土地であり、未だ、遺骨が残っており、
反日感情が、どのようになっているのかそれも未知数であった。
 しかし、連れて頂いた教授の行動範囲の中では、安心という文字しか
浮かばなかった。教授は、安全な場所を選んでくれていたようだった。
そして、多分、現地の方も一緒という事もあったと思う。
 ツアー旅行ではなく、プライベイトの旅行ではそうは行かないと思う。
マニラは大都会であって、いくつかの島々からなっているフィリピンでは、
旅立つ時は、事前に調べておくべきであろう。
 マニラにおいては、ガードマン風の人は、必ず、ピストルを所持し、
宝石店・マーケット(百貨店)・美術館等には、ショットガンか自動小銃を
所持し、監視にあたっている。日本では考えられない光景でした。
 でも、日本と一緒で、ガードマンか警察官かパッと見た感じは分からない。
勿論、軍隊の兵士もガードしているが、これは一目瞭然でした。

本日、これまで。

スーパーマーケット前にて(マニラ)
  

Posted by お 富  at 11:05Comments(0)フィリピン織物指導

2009年09月14日

フィリピンへ織物指導の旅日記 パート2

9月7日より4泊5日で11日に帰って来ました。
往復、フィリピン航空で国際線・国内線の乗り継ぎの旅で、
内容はハードスケジュールで疲れましたが、あっという間に時間が経ちました。
私にとっても、かなり有意義な旅であり、現地でも、私が指導した新しい技術を
学んで貰い、取り入れてくれているようです。

当方の織物関連の本業も、山積みになっていておりますので、
内容等は次回にご報告申し上げます。

マニラ空港

  

Posted by お 富  at 00:12Comments(0)フィリピン織物指導

2009年09月05日

家庭菜園の巻 その後

今年は長雨と日照時間が少なく、そして、初めての本格的な家庭菜園作りと言う事もあり、
思ったほどの収穫がありませんでした。でも、無農薬で作った野菜は、本当に美味しいです。
きゅうりとなすびは夕食のおかずに、ゴーヤはあまり取れませんでしたが、ゴーヤチャンプルに
変身、ミニトマトは、今も実はなっていますが、なかなか赤くなりません。(日照時間かな?)

 ブルーベリーは、対で買わなければ、ならないとの事は後で知り、来年に持ち越しです。
購入する時に、指導してくれたらと思っています。

 おうばは、沢山出来て、今も、重宝しています。

尚、もうぼちぼち、植え替えの準備をしなくてはと思っています。今度は、九条ねぎの予定です。
冬場の鍋用に、使えたら良いなあと考えています。

今年の家庭菜園は、勉強でした。来年は沢山取れるように、色々と配慮しょうと思っています。

フィリピンへの技術指導が近づいて来ました。この件は、後日、報告します。  

Posted by お 富  at 20:50Comments(0)西陣アラカルト